東大寺の奈良大仏の大きさ、手作業で造られた1,300年前の公共工事

投稿日:2018年10月13日 更新日:




奈良東大寺の大仏の大きさを想う時、真っ先に思い浮かべるのは、聖武天皇のこと。
身長が14.98mもある奈良の大仏、そんな大きさを最初に企画するのはもう常識はずれの行動。
当時は8世紀、特別便利な道具もない中で14.98mもの大きさの大仏を造れと命じるなんて。
途方もないムリなんだ、全てが手作業、人力で賄うのだから、その作業量と費用ときたら、物凄いこと。

1,300年前からこの大きさで、奈良の大仏は東大寺大仏殿に鎮座しているのですよ!
僕たちが今、修学旅行や大人の遠足で奈良公園を訪れ、
ふーん、どうせ奈良の大仏だって大きな工場で機械がポンポン造ってくれるのだろう、
って考えたとしたら、大きな間違い。

8世紀の奈良大仏造立当時、発案者の聖武天皇は民衆から責められている。
奈良大仏の造立命令が、財政を圧迫し、民衆に無駄な労働を強いている、と。
ちょうどその頃には大きな疫病が流行し、大小様々な内戦に民衆は苦しめられていた。
聖武天皇はそんな時だからこそ、民衆を救済したいという思いを込めて奈良の大仏を造ったのだろうが、
民衆は先じゃなくて今を救って欲しい、と思うのも当然のこと。

奈良大仏写真

全国の国分寺のトップを東大寺にして、全ての苦しみから解き放ってくれる存在を造る、
それは聖武天皇なりに必死な願いを込めたのが奈良大仏、だからあの大きさになったのだろうが、
評価されたのはずっと後のこと、造った当時としては無駄な公共工事。

東大寺大仏の大きさ14.98mには、聖武天皇の切実な想いが詰まっている。
大仏殿を訪れるとき、君もそんなことを思い浮かべながら歩いて欲しい。
遠い昔の遺産、造った当時の判断は正しいか分からないが、
その遺産を1,300年守ってきた日本人の心は美しいものだから。







Copyright© Memo , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.