未来の自動車 工学的観点ではなく、機械に愛されるということ

投稿日:2018年10月13日 更新日:




工学的観点を離れて、未来の自動車を考えてみよう。
究極の未来の自動車って、一体ナニ?
自然界で見かけるものに未来の自動車を当てはめてみると、いくつか候補が見つかるね。
泳ぐ魚、飛ぶ鳥、漂う雲、流れる水、燃え移る炎、入り込む風。

どれからも学ぶ点はあるのだろうが、私が最も気にしているのは赤ちゃんを抱っこする親の腕
赤ちゃんの楽な移動を実現させて、安心安全を担保するという意味では抱っこに注目したい。
まれには抱っこから赤ちゃんを落下させて事故を起こしてしまうこともあるだろうが、
他と比べれば万能に近い未来の自動車が、抱っこにあるのではないだろうか。
決定的な違いの根源はどこにあるかな、「親の愛」だ。

未来の自動車

これまた具体的な解決案を出すのが難しいキーワードを拾ってしまったものだ。
親の愛が完璧に近い未来の自動車を創りだしている。
電子機器と金属材料でつくられる未来の自動車に、どうやって愛を注入すればいいのか
神のみぞ知る難問、それが分かっていれば未来の自動車なんて既に完成させているよね。

未来の自動車が、運転手や乗っている人、他の自動車、それから道路周りの人たちを愛するようにすればいい。
愛する=始終気にかけて目が行き届く、ということだと仮に断定してみよう。
それを未来の自動車に置き換えてみると、未来の自動車に周囲360°を随時見渡すレーダーを搭載か

人工知能でヒト・モノを判別、危険を予測し、危険を避ける行動を即時に取ってくれるものがあれば。
未来の自動車に愛を、人工知能による自動運転がその答えに一番近いと思う。
人工知能と聞くと冷たさすら感じるが、実質は「未来の自動車が人を愛すること」なのだ。

機械に愛されるというのは躊躇があるが、未来の自動車とはそういうこと、きっとそういうこと。
未来の自動車のことをアレコレ考える日々、今日のコーヒーブレイクの最中に考えたのは「抱っこ」のこと。







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