鎌倉大仏の大きさ、鎌倉武士の美学は巨大さではなく?

投稿日:2018年10月13日 更新日:




鎌倉長谷の大仏が1252年頃にできたことと、奈良の大仏が752年頃にできたことの因果関係を空想せよ。
両者に流れる500年の差、奈良の大仏って本当に老舗なのねと改めて思わせてくれた。

1192年に鎌倉幕府が開かれ、現時の武士たちが鎌倉を新しい都とし始めてから60年後。
国力を内外に誇示するために、大きさを伴った鎌倉長谷の大仏が企画されたのだろう。
浄光という一僧侶だけが催したものとは思えない大きさなのだ。
鎌倉の大仏大きさ

11.39mが鎌倉長谷の大仏の像高で、奈良の大仏よりは5m近く背が低い。
顔つきが奈良の大仏と異なるのも気になるね。
鎌倉時代に流行していた、中国の宋の文化を取り入れたのが鎌倉長谷の大仏だと。

鎌倉武士の美学は巨大にすることだけではなかったのでしょう。
大きさは誰にも分かる普遍の価値観、しかし鎌倉長谷の大仏はそれに特化しなかった。

平面的な顔立ち、猫背、顔が大きい!など、平安貴族が好まない要素ばかり。
大きさだけに流されなかった鎌倉長谷の大仏は、分かりやすい一点集中がないため、
結果として奈良の大仏ほどのヒーローにはなりえなかったが、
お洒落な鎌倉文化が残る鎌倉・長谷の地で、大きく僕たちを迎えてくれる。







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