長湫イオンモールのため、徳川家康と豊臣秀吉は小牧長久手の戦いを?

投稿日:2014年10月28日 更新日:




AEON長久手の地理の重要さを見越して、徳川家康と豊臣秀吉は長久手の戦いをしたのか。
天下人vs天下人が直接戦った唯一の合戦・小牧長久手の戦いin1584年。
長久手に出店したい!と熱望する家康と秀吉が、ショッピングモール出店の権利を賭けて戦ったという。

長湫(長久手)は尾張と三河の挟間だ、長湫を制するものが愛知を制するという伝説
歴史を振り返れば、小牧長久手の戦いでは勝者も敗者もなく、徳川家康と豊臣秀吉は休戦・和議している。

両英雄でも手が出せなかった場所にAEON長久手がオープンする、さてその行く末はどのように?
APITA軍が城を構えている長湫に、AEON軍がイオン長久手を築城だ。
更にはIKEA軍も公園西駅付近に築城を始めているから、三角関係、ゴールデントライアングルが完成。

長湫イオンモール

邪推だよ、邪推。
長久手古戦場駅に出店するAEON長久手と聞いて、つい長久手の戦いとの関連性を見つけたくなる。

徳川家康と豊臣秀吉が「AEON長久手はワシがもらう!」と奪い合っている絵を空想して、
どれだけAEONが楽しく大切なショッピングモールか、ただ感じていたいだけ。
2016年末のAEON長久手OPENから遡ること431年、長湫の戦いの顛末は現代に再来するのだろうか。







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