未来の車








未来の車はファッションショーに似ているという説。

誰も知っているだろう、ショーで見かけるファッションそのままで現実の街を歩くのは、浮世離れも甚だしいという事実。


ショーでは、100倍濃縮すべきエキスの原液そのものが発表されていると考えればいい。

実際に飲むのは随分と薄めた後のもの。

それを分かった上でファッションショーを見ないと、面白さは半減する。



未来の車



そこで未来の車だ。

何年先の未来の車という定義をしていなければ、10年先でも100年先でも、未来の車のお題になる。

「未来の車は絶対に交通事故がない」「地上を走るのではなく、上空を飛んでいる」

みたいなファンタジーの世界で未来の車が語られるのも道理。

現実的な未来の車、それこそ5年10年先の未来の車を想像しても面白くはないでしょう。

いっそ突き抜けた未来の車を、そしてそこから薄めていって数十年先に現実化されるアイディアを。


ファッションショーを見ていて思うのは未来の車に似ているということ。

「えぇ、これのどこが最先端ファッションなの?」という驚き。

裸を強調したもの、全身同じ色に統一されたもの、原始的な何かに立ち返っているもの。

デザイナーたちの専門的な目で見れば新しいのだろうが、古い反復そのものに見える服もある。


所詮は人間同士、新しい発想なんて数あるものではない。

昔からの基本の使いまわし、ちょっとしたアイディアで十分なのだろうね。

だから未来の車といえども突飛なアイディアを求めず、

ご先祖様たちが築いてくれたものを、私たちは大切にすればいいと思えてきた。